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陳述書№1

平成18年3月9日 東京地方裁判所 710号法廷にての口頭陳述書

私はS49年(1974)11月に職安紹介のボーナス9ヶ月の掲示に釣られ旧社名朝日熱学工業㈱経理部に入社しました。
建設設備工事会社で50名の社員の内、男性社員が殆どで、女性は私を含め4人でした。
会社の社風としては、典型的な男尊女碑社会であり、女性は社員の数にも入っていないような会社で、私の育った環境とは余りにも違いました。
その時代の大方の女性がそうであった様に、時間外の早朝掃除当番・お茶入れ・コピー取りなどは女性がやるものだとされてきました。
しかし、少数精鋭制で入社早々から試算表・貸借対照表まで担当させてもらい、大変面白く遣り甲斐のある仕事でした。

高度経済成長時代の名残なのか、どういうわけか残業をしている人の方が会社に貢献しているような社風があり、私は勤務時間中に集中して仕事が出来るかどうかはその人の能力の問題であり、時間外の仕事は能率も極端に落ちるし、唯だらだらと仕事をし、残業代を稼いでいるのではないかと思っておりました。決して仕事の量に差異はなく、事実残業などしなくても仕事に差し支えるようなことはありませんでした。

入社10年目(S60)頃、3階営業部の女性の入れ替わりが激しく、私に異動命令がでました。
この時、望月社長は「これからは全員女性にも順繰りに配置替えをし、色々な仕事を覚えてもらうから」と言われましたが、配置換えはその後一度も実行されませんでした。
そして、以後10年ぐらいは経理の芦田さんと総務の林さんと私の3人で、女性は1人も入社しませんでした。

S61年(1986)2階の総務部長の片岡氏が病気入院し、彼が担当していた全国官公庁の工事の一般競争入札申請手続きをただ資料だけを渡され、それを処理するよう指示されました。
わけが解らず無我夢中で180箇所ぐらいの市町村に提出申請をしました。
その後2年の療養生活を経てS63年(1988)2月片岡部長が他界され、何時の間にかそれが私の仕事になってしまいました。
当時はパソコンも無く当然インターネットも繋がっておらず、全部電話・封書の遣り取りで1月から3月に一斉に集中し、その市町村独自の用紙を使用しなくてはならず、締め切り期日に合わせるのが大変でした。
幸い経理に居たお陰で前もって自分なりの資料を作成し、無駄を省き、提出数も120箇所くらいに抑えるコツも覚えました。
最近では電子申請入札が増え、私は、そのための条件整備をして電子申請入札に対応しましたが、期間が9月から3月までと長期に渡ることに加えて、パソコン上の入力が増え、更に書類提出も無くならないといったように、結局負担は増えました。
それなのに、望月社長は、指名願いの仕事は「女子供の仕事」だと常々口にして私を傷つけてきました。
そして、トップがそのような認識しか持ち合わせておりませんので、退職に当たって当然引き継ぎの話も一切出ませんでした。
私が昨年3月11日をもって、定年退職した後、誰も出来る人がなく外注に出そうとしたら、1件5万円だとかで、残っていた市には指名願いは提出しませんでした。

S60年(1985)、遅まきながら朝日熱学も、OA化に着手し、私は講習を受けて、会社の全ての営業見積書や設計部の工事仕様書等の作成業務を一人でこなしてきました。
このように、仕事は少数精鋭制で女性も男性の補助的な仕事ではなく、それなりの仕事をさせられているにもかかわらず、何時までたっても役職もなく、朝礼の点呼も平成13年までは女性は男性の後でした。
但し男性の場合、時がくれば能力が有ろうと無かろうと役職がつきました。
無論給料体系も然りです。男女均等雇用以前に入社したものは適用外と言われたこともありました。

後から入社してくる男性が次々と昇格し、不満がふつふつと湧き出る中、家人が病気失明し、生活の為、辞めるに辞められず悔しい思いをしてきました。
そんな中、流れが変って、H10年に経理の芦田さんが入社29年目にしてやっと課長に昇進しました。
これで女性にも日が当たるようになると女性一同大喜びでした。一歩前進したのです。
そしてH13年総務の林さんが32年目にして係長昇進。
30年勤務した私は、彼女達より入社5年遅れでした。そのため、毎日の朝礼点呼でははるかに若い社員達が次々呼ばれ、私の名が平の一番で呼ばれても、屈辱以外の何ものでもありませんでした。
長期の勤務で、会社の事情に良きにつけ悪しきにつけ精通して、会社の命令に従って、会社の為に良かれと思い、工夫をしながら仕事をしてきましたが、数々の差別に我慢は限界と思いながら、定年まで働き続けました。

昨年3月11日の退職後、就業規則の中で表示されていない給料規定の別表なるものの開示をお願いし、長い間の給料計算が間違っていたことが判明し、私はここまで会社から軽視されてきたのかと愕然としました。
会社からは一言の謝罪もなく、法的時効は2年間だから2年間の修正給料しか支払ってくれませんでした。

長い間の男女差別や理不尽なパワーハラスメントを受けてきましたが、これは私という人間に対する大変な侮辱で人権侵害だと思います。
これらの差別は退職金だけでなく、延いてはこれから先の長い人生の年金支給にもかかわってきます。
 私は、私の人生の圧倒的な期間を、会社の差別に向き合いながら、それでも会社のためにと頑張って働いてきました。その会社を退職するにあたって、本当であれば「ご苦労さん」という感謝と尊敬を受けるはずなのに、ここまで侮辱され軽視されてきたことを改めて思い知らされ事が、どんなに悔しく、辛いことか、会社にはよく受け止めてもらいたいと思います。

私は、これが差別であると認められて、はじめて30年に渡る職業生活に報われたと実感でき、又次の人生を人間として誇りを持って歩く事が出来るのだと思います。

裁判所におかれましては、会社に対し、1日も早く私が蒙った差別による経済的・精神的損害の回復を命じられますよう、心から希望致します。

原 告 : 中野 布佐子(東京ユニオン)
連絡先 : e-mail chakochan20@ybb.ne.jp
代理人: 中野麻美・菅沼友子・秦雅子・原田史緒
by chakochan20 | 2006-03-09 08:42 | 裁判資料(41)

準備書面(1)

準備書面(1)
by chakochan20 | 2006-03-08 17:09 | 裁判資料(41)

被告第1準備書面

被告第1準備書面
by chakochan20 | 2006-03-07 21:37 | 裁判資料(41)

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