女性差別裁判について考える

日本国憲法32条は、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」としている。裁判が健全に機能することは、民主主義の基礎であり、人間が人間らしく生きる基本的人権の問題でもある。
しかし、日本においては、2009年5月21日より始まる裁判員制度の参加に関しても、多くの人は出きれば避けて通りたい選択技になっている。
 労働裁判の数も諸外国比べ極端に少ない。裁判にまで訴えたいほどの口惜しさを抱えながらも、費用の面もさることながら、裁判期間が長いことなどのハードルの高さが躊躇せざるを得なく、諦めていく人が何と多いことか!
其の結果、企業は益々いけ高々に遣りたい放題、労働者の犠牲のうえに史上空前の利益を出しながら、一部の上層部だけが其の恩恵に預かり、潤い、益々格差社会を生み出してしまった。働く人々の味方のはずの労働組合も御用組合と呼ばれ、会社と妥協、力を失い、特に仲間である女性労働者のことは切り捨ててきた。
そして今、司法の世界も国際社会にも認められるような判決をだすよう、自己変革に迫られているのでは?
 ドイツは日本と同じ敗戦国としていろいろな意味で比較されるが、旧西ドイツのワイツゼッカー大統領は「裁判所は強者に対する弱者の本来的保護のための法(権利)の番人である。労働・社会の裁判権では特に迅速な裁判が必要であるが、上告審が一年以内に処理されていることに満足している」と述べている。
 大阪で住友メーカー系の男女賃金差別裁判他、多くの働く女性の味方、宮地光子弁護士は、ご自分の著書「平等への女たちの挑戦」のなかで、「普通の女たちが、大きな犠牲を払わずとも、企業社会の歪みをどんどん裁判に訴えることが出来るようになった時こそ、日本型企業社会はゆとり社会へ向けて確実に大きな第一歩をしるすことになるだと思う。歴史をどう進めていくのか-それは女たちのかけがえのない平等への挑戦にかかっている」とすばらしいコメントを書いている。

 私は1986年の男女雇用機会均等法以前に朝日熱学に入社し、30年と4ヶ月、様々な差別にあい2005年3月に定年退職。定年後の再雇用延長は社長の覚えめでたき者しか採用されず、従って退職日は、何の未練もなく会社を一歩出たところで、ストレスの開放を喜び、心の中で万歳を叫んだ。
そして次の一歩を踏み出すべき、裁判という公の場で闘う準備に入っていった。
朝日熱学は従業員は多い時でも50数名の会社で、少数精鋭制の社訓をかかげており、女性といえども男性の補助的仕事をしてきたわけではなく、一人一人が責任を持った仕事をこなしてきた。男性であれば能力があろうが無かろうが、一定の年齢と勤務年数が来れば役職にも付く。そして、ご多分に漏れず女性の賃金は男性社員とは比べようもなく低い。当然女性の昇進・昇格もなかったが、そうも言っていられない時代の波か、はたまた他の理由があったのか知る由もないが、私より5年先輩であり、経理部の金庫番の女性を入社29年目にして課長に任じた。男性平均より10年遅れの昇格である。私より後に入社した若い男性社員が仕事云々に関係なく、係長だ、課長だと昇格して行き、朝礼での点呼も男性社員の後。働く意欲を朝から削がれても、目の前にある仕事は待ってはくれず、仕事をすることで忘れるよう努めた。
ワンマン社長の遣りたい放題、恣意的な労務管理のもと、取締役といえども誰一人として声も上げられず、歯向かうと言うことはすなわち首。
そんな私でも、口惜しさをばねに闘うことを選び、2年と4ヶ月の裁判をめげる事もなく、勝利和解に持ち込んだことは、中野麻美先生が有能な女性弁護団を組んでくださった事、そして何よりも諦めないで闘った先人達の応援があったらばこそである。たくさんの力を戴き、よき友人も得、楽しい裁判でした。
 諦めている人も、誇りを捨てず、勇気をもって一歩を踏み出せば、成せば成る、道は開けます。一人でも多くの女性たちが差別に対し「おかしいよ」と立ち上がることで、司法や政治、役所、企業の人の考えを少しずつでも変え、差別をした企業は痛い目にあうのだということを女性たちの力で解らせましょう。
by chakochan20 | 2008-06-19 10:53 | 思うこと(19)

男女同一価値労働同一報酬


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