12月8日付、「朝日新聞天声人語」より

『ジャネット・ランキンの名を知る日本人は多くないかもしれない。1880年米国で生まれ、女性初の連邦議員になった。女性の参政権運動を率いたから、日本なら市川房枝さんのような存在である。
信念に満ちた平和主義者でもあった。66年前のきょう、日本軍は真珠湾を攻撃した。
それを受けた議会の対日宣戦決議に、たったひとり反対票を投じた。議会は日本への憎悪を燃やし、上院は満場一致で可決した。下院は賛成が388、彼女だけがノーを唱えた。
この反対票で、ランキンは全米を敵に回す。非難が渦巻き、「売国奴」のレッテル張られた。頼みの故郷からも、「あなたの味方なし」と電報が届く。その後、再選されることはなかった。
散ったかに見えた花は、しかし後世に種子を残す。数年前に故郷のモンタナ州を訪ねると、「信念の一票」を慕う女性たちが平和活動を続けていた。あの「一票」に、命を生む者の決意がこもっていると誇らしげだった。
<徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢に満つるとも>。故石井百代さんの歌が「信念の一票」に重なる。作者は多くの身内を戦争でなくした人だ。当時、あっさり息子を差し出す気になった。その後悔を胸に、戦前回帰する風潮に決意をぶつけている。
石井さんは生前、小紙に「(戦争は)女親らしい、めめしさを持っちゃいけないと、ただそればっかり」だったと語っていた。勇ましいものに歯止めをかける。それはめめしさではなく勇気なのだと、2人の行動と言葉に思う。』

と書いています。
このような勇気ある少数の先人が居たからこそ、今の私達がいます。
後悔のない人生を終えるために、その志を無駄にせず、又次の世代に引き継いでいかなければと改めて思いました。

今、市川房枝記念会館(婦選会館)でも、現理事達の画策により、そこで働く女性たちを解雇し、創立者の志を閉ざそうとしています。
「婦選」とは婦人参政権の略語で、その名称を冠した婦選会館は、1946年の暮れに建てられた戦後初の女性会館で、自治省認可の財団法人婦選会館として女性の政治教育、婦人問題調査出版、国際交流の3本を柱として事業を 行ってきました。
しかし、建物の耐震に問題があるとして、建物を封鎖し、6人の女性を解雇。
2人の女性が原告となって、創立者の市川房枝氏の志をとざえさせてはいけないと立ち上がりました。
詳しくは下記のHPをご覧ください。
http://www.mndds.com/fusen
by chakochan20 | 2007-12-08 12:09 | ニュース(155)

男女同一価値労働同一報酬


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